温故知新 ~サヌキとアワのサトリ~

相似象のサヌキとアワの紹介です。

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『ミを入れる』 生き方の実行について 34

 「ミを入れる」というスベは、現代文明の「人間脳」の文化の修行・修養・勉強のような
難行苦行の試練とは全く異なるもので、「ミを入れる」ということが潜象カム感受カカワリである
ことさえわかれば、誰でも、動物のように知らぬマに熟練し、無意識的にやれるように
なるものである。

 (「天才」は、教えられなくても、それがやれる能力(波動量アワ)を持つ者であるが、天才ほどで
なくても、かなりうまくやって健康な長寿を保つ者は、昔も今も、結構存在するものである。)






  1. 2014/11/18(火) 11:18:49|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 33

 動物は、一生、それだけで(何をするにも「ミを入れる」だけで)平常アタリマエに生きていられるのだが、
我々現代人は、いつも「人間脳」が出しゃばるので、それに振り回されて生きているのである。

 「ミを入れる」というのは、その「人間脳」が出しゃばる前に、入れるのである。そしてそれは
出来るのである。なぜなら「ミを入れる」速さは「ヒラメキ」を入れるのと同じ電気速度アマハヤミだからである。

 (「気をつけて」という言葉があり、これは世界共通語で、昔の日本人はあまり使わなかったが、
今は「ミを入れて」の方は忘れ「気をつけて」の方が多く使われている。しかしこれは、「人間脳」
次元の発想コトバであるから、「ミを入れる」の速度アマハヤミよりずっとおそく、人為的な「注意」のレベルである。)

 何をするにも「ミを入れて」かかれば、「人間脳」に支配されてふりまわされて「生物脳」を無視することは
有り得なくなるのである。






  1. 2014/11/17(月) 16:37:13|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 32

 はじめのうちは、「人間脳」の「逆序」でやるのだから、ちょっと、負担になるトキもあったが、
慣れてくると、殆ど無意識的に、しかも、「ミを入れ」ずにやっていた今までより、遥かにスムーズに、
スマートに、無駄なく
ことが運び、何となく、イキイキとして良い気分でいることに気がついた。

(それもその筈で、なぜなら、一々の生命活動に「ミを入れて」、その度に、新しい生命力フトマニが発生
しているのであるから、天然的にイキイキと元気よくなるワケなのである。読者も、本気で実行を
続けられたなら、必ず実感(体験)して深く頷いて下さるに違いない。)






  1. 2014/11/16(日) 16:20:55|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 31

 何をするにも「ミを入れて」といっても、実際は、筆者自身、始めのうちは、気のついたトキだけ
入れていたのであるが、だんだんに慣れてくると、本当に何をするにも、(ツと立ち上がるトキも、
坐るトキも、一歩歩くトキも、手をちょっと上げるトキも、急いで料理をするトキも、一口味をみる
トキも、風呂に入るトキも、トイレのトキも・・・・・・、)本当に、何をするにも、小鳥が必ず何回も
何回も右を見、左を見、してから飛び立つように、何をするにも「ミを入れ」ているのである。

 そして、無意識に考え事をしているトキも、気が付くとミを入れて考えている。つまり、
意識も無意識もなく、「見る」とか「聞く」とかの感覚器官の感受がありさえすれば、
「ミを入れる」というクセ
がついてくるのである。






  1. 2014/11/15(土) 15:45:15|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 30

 しかし、このことは本当に天然自然のアタリマエの物理であって、自然の動物は皆、
生まれてから死ぬまで、この物理によって
(ミを入れて)、生きているものである。

 動物は(人間脳が無いから)、黙ってそうして(ミを入れて)アタリマエに生きているだけ
であるが、カタカムナ人は、それを「人間脳」の認識に出して、コトバ化してくれていたのである。

 我々現代人も、本来の動物の心(感受アワ性)になった気持ちでこのスベを実行すれば、
必ずこの天然自然のアタリマエの物理の意味が、分かる筈である。






  1. 2014/11/14(金) 15:26:38|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 29

 しかし筆者の「実行」は、筆者の新しい直観(感受)から始まって、次々と、
「ミを入れる」という物理の意味が(前述のように)わかってきたのであるが、読者の実行は
その物理の意味を読まされたところから始まるのであるから、いくら「オモヒ」があっても、
「ミを入れる」ということの真意と効果がわかるのは、容易なことでは無いのであろう。

(何しろ、有史以来の現代文明の最高度の天才・知識人・科学者も未知の(常識に無い)、
カタカムナ文明の上古代人の直観の物理であるから、読者の「人間脳」が容易にわかろう
としないのも無理のないことである。)






  1. 2014/11/13(木) 15:04:59|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 28

 筆者も、はじまりは、「渡辺ユリコの死」をた(感受した)ことによって、(則ち、我々現代人は、
人間脳サヌキ」を最高度まで(たとえ釈迦・ゲーテのレベルまで)鍛えたとしても、「生物アワ脳」の感受性を
鍛えるスベをしらなければ
、自分の生命を破滅コロス させることになり、カタカムナの生命イノチの潜象物理サトリ
実感ワカル(体験)することは出来ないという、人間の生命力の「人間脳サヌキ」と「生物脳アワ」の真実の生態スガタを、
目の当たりに見せられたことによって、) 「ミを入れる」ことが、我々現代人の無視していた
「生物脳」の感受性を鍛えるスベである、ということに気がつき(新しい直観が発生し)、とにかく、
自分の日々刻々生命活動の一々に、(立つにも歩くにも、顔を洗うにも食べるにも、書くにも
読むにも話すにも・・・・・・何をするにも) 「ミを入れる」という生き方を、本気で実行ヤリし出したのである。






  1. 2014/11/12(水) 14:36:27|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 27

 まだ共振ワカルする能力チカラの無い者が、『ワカリタイ』という『オモヒ』をもてば、先ず、「ミ」とか
「ミを入れる」という上古代語の思念イミをよく分かる為に、会誌の筆者のコトバを読んで、
「ミ」の思念イミ、「ミを入れる」ということの思念イミを、(できるだけ自分の感受アワ性を起励する気持ちになって)
「感受」しながら、その自分の「感受」の「ミ」を、自分の「生物脳」のアマナに入れるという
行為オコナヒを、実行してみることである。






  1. 2014/11/11(火) 14:36:22|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 26

 「ミを入れる」ということは、カタカムナの「フトマニ」の物理サトリ実際に実行する為のスベである。

 「ミを入れる」という上古代語を、則ちカタカムナの「フトマニ」の物理サトリ思念イミを、本当に『ワカル』
には、そのコトバを造ったカタカムナ人の生物アワ脳」、「人間サヌキ脳」生命力チカラ共振しうる波動量を、
自分も持たなければ、『共振』することは出来ない。





  1. 2014/11/10(月) 22:21:27|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 25

 「ミを入れる」ということについて、ここまで読んで下さった読者が、イザ自分で
「ミを入れ」ようと思っても、果たして、どのように「実行」が出来るであろうか?

 『「ミを入れる」とは「フトマニ」を起こすことである』とか、『「ミを入れる」のは
「生物脳」のアマナである』とかと言われても、それは筆者のコトバであるから、
読者はそれを、読者の「人間脳」の(今日までに獲得された読者の教養・人格で)
とにかく理解して、(それだけで『ワカッタ』のでは無いから)その理解したことを、
自分の感受アワ性で『ワカリタイ』という「オモヒとしてもって、自分の感受性を鍛える
(則ち「ミを入れる」)ことから始めるしか無いのである。

 (因みに、会誌を読んでも、このようなオモヒ」の起きない者は、「人間脳」専門の
現代文明の一般多数者の単なる読者であって、「少数者」では無いのかもしれない。
とにかく、この「オモヒ」が無ければ、自分の今までの「人間脳」を教えかえして、
「カタカムナ」を本当に『ワカル』ことはできないものである。)






  1. 2014/11/09(日) 22:05:18|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 24

 そして、古来の日本人が、何となく大事なコトバとして伝えてきた「ミを入れる」という
日本語が、現在文明の最高度の哲学の用語にも、科学用語にもまだ無かった
『生命発生の物理』則ち、我々の生命というものは「生命」という固定したものがある
のでは無く、
また発生ということも「発生」という定まった状態があるのでは無く
(「生命」も「発生」も、現代人の「人間脳」が造った観念語である)、実際の我々の「生命」
というものは、日々刻々に、
自分の目や耳や舌や鼻や皮膚等の、感覚器官が感受した
「ミ」と、
生まれた時から感受し判断して「生物脳」のアマナに蓄積してあった「ミ」とが、
出合うことによって「フトマニ」という潜象カムアマの物理が発生し、新しい生命力が生まれてその
生命が持続イノチするものである、という『生命発生の潜象物理』を示す、驚くべき上古代語で
あったことが、ハッキリとわかったのである。

 そしてこれは「生物脳」のアマナのオコナヒであるから、無意識領域のことである。
カタカムナ人や楢崎皐月のような高度の直観によらぬ限り、「人間脳」専門の現代文明の
哲学・科学の波動量の人には、わかりようのないものであったことを、改めて確認したのである。






  1. 2014/11/08(土) 21:32:29|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 23

 そして、「ミを入れる」ということは、本来、無意識のものなので、これは「ミを入れる○○○」と
いうような他動詞的な言い方のものではなく、「ミ」はオノズカラ(自動詞的に)「入る○○」もの
ではないか?という疑念が沸いたのである。

 そこで更によく考えながら、「ミを入れて」生きているうちに、・・・・・・筆者は、自身がはじめ
「人間脳」の逆序で「ミ」を「入れて」いたものが、次第に、「人間脳」の逆序では無しに、自然的に
入る」状態になった為に、そのような疑念が沸いたのであるが、つまり、その疑念は「人間脳」の
レベルで考えた
ことに過ぎないのであって、真実の状態は、目や耳の感覚器官の感受した「ミ」を
「生物脳」のアマナに入れる○○○ことによって、既に入力し蓄積してあった「ミ」との共振(重合フト)が起き、
新しい生命力マニが(今までよりもよい判断・行為力が)発生したという事である。

 それ故、単に自然のままに自動詞的に「ミ」が入った○○○わけではない、ということが、ハッキリと
わかったのである。






  1. 2014/11/07(金) 21:32:24|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 22

 そして、天才・名人・達人と言われる人々は、自分では意識していないが、自分のする事
為す事に、いつも「ミを入れて」いたのだ、だからその度に「フトマニ」が起きて、新しい生命力が
発生し、そのエネルギーで、前回よりも良い仕事、前回よりも良い仕事が何万・何兆回も繰り返し
重ねられて、「生物脳」のアマナが、天才・名人・達人の波動量を蓄積し獲得していたのだ、
ということが、実感としてわかったのである。

(また、天才・名人・・・と言われるほどでは無くとも、無病息災で九十・百歳まで現役で働いている
人があるのも、この「ミを入れる」生き方の無意識のスベを、本能的にマスターした人であろうと
思われる。)






  1. 2014/11/01(土) 16:01:05|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 21

 「ミを入れる」ことは電気速度アマハヤミであるから、どんな非常・危急の時にも、生命力があれば、
「ミ」を入れられる。

 生命力が老衰していても、病弱でも、自分の「生物脳」のアマナに平常な生命の方向性
ある「オモヒ」さえ持ち続けていれば、いつでも、どこでも、「ミ」を入れられる。

 自分の生命力に、この平常な生命の方向性であるオモヒを持ち続けることが大事なので、
そして「ミを入れる」ことが、その「オモヒ」を持つ感受性を鍛えることになるので、つねにその
オモヒ」を養い鍛えながら、日々刻々を生きていると、次第に、一々のことに「ミを入れて」と
思わなくてもひとりでに入っていて、あとになって、ああ、あの時も「ミが入って」いたと
気が付くことが多くなり、何だか自分がだいぶ動物になった気持ちがして、何をするにも
無意識的に「ミ」を入れていて、何か危急のトキにはパっと「ヒラメキ」のようになっているものである。






  1. 2014/10/31(金) 15:44:53|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について

『ミを入れる』 生き方の実行について 20

 また、我々は何か大事なことや危険なことを、忙しく急いでしなければならぬ時、
「人間脳」が緊張してしまい、かえてイライラとあせったり、ウロウロと慌てたりして
適当な判断・行為が出せないことがある。

(ことに「呆ケ」の始まっている者は、ボヶーとしてオロオロするばかりである。)

 このような場合トキは、その場に立ったセツナに、(人間脳が「イライラ」「ウロウロ」「オロオロ」の
波動を出す前に、)パッと「ミを入れ」てかかれば、今、なすべきことが、即座にヒラメクから、
そのアマナの指令のママに行動していれば、イライラ ウロウロ オロオロするヒマも無く、
テキパキと適切に働けることになり、その度に、みずから感嘆し、感謝の思いに満たされるのである。






  1. 2014/10/30(木) 15:33:05|
  2. 『ミをいれる』 生き方の実行について
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