温故知新 ~サヌキとアワのサトリ~

相似象のサヌキとアワの紹介です。

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アワ量増幅の物理 (振幅とアワ量) ③

 しかしこの時期は、赤坊の、あるいは胎内の頃から始まっているので、誰もその経過を

記憶している者は無い。しかしこのことは、我々の赤坊が、感覚器官の目覚めにつれて、

一々のものに、マジマジと反応し、世に全く同一というものごとは無いから、最初は一寸の違い

にも目を見張り、一々のことにト惑いながら、実に正確に、その経験を 神経細胞に結合させて行く

様子を、仔細に見ていれば、察しのつくことである。そしてやがて、衣服や髪型などが多少変わっても

その本質を抽象して、『これは母親とよぶ人間である』とか、『実物の鳥も、絵本の鳥も、「鳥」と

よぶ動物である』などと、認知するようになる。





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  1. 2013/04/30(火) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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アワ量増幅の物理 (振幅とアワ量)  ②

 我々の精神作用は、即ち人間としての生命活動の波動(イトナミ)は、「正」と「反」の

力の<サ>の間で、「振幅をもつ」(ハバを以ってフルエル)ことによって始まる。

 既に一つの刺激があって、一つの経験をもっている。次に、少し違った刺激に出合った時、

オヤ?と思う。前の刺激との<サ>を我々の<ミ>は五感を通して感受し、それが前のものと

どう違うか?をわかろうとする(揉んで振動する)。ここに、我々の<ミ>の「感受性」と、

<イ>の「判断力」(大脳智能)とを結合する精神波動のそもそもの<ハジマリ>がある。





  1. 2013/04/29(月) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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アワ量増幅の物理 (振幅とアワ量) ①

 およそ『正・反の振幅を以って揉む(フルエル)』ということがなければ、そもそも

「波動」は発生しない
。(波動(ナミ)は振動数(カツ)と振幅(ハバ)から成り立つ。)

 「アワ量を増す」ということは、この 精神波動の振動数の密度を高め、振幅をも増す ことである。

 一般に「心」とか「精神」とかとして神秘的に扱われている作用も、実は、極めて物理的な

現象なのである。私共の「逆序」のサトリの実習の為には、先ず、このような精神作用のそもそもの

ナリタチを、アリノママに解明することによって、天然自然の「順序」を知ることが、何よりも

基礎条件 として必要だったのである。(自分自身の人生の 基礎工事 を、信用の出来ぬ

他人にまかせにしておいた上に、いかに優れたデザインを設計しても、ガタがくるのは必定である。)





  1. 2013/04/28(日) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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文献解読の至難サ ③

 したがってそれのもつアワ量は到底、現代人一般の波動量とはかけ離れたものであり、

有史以来の人類の産み出した哲学や学説のように、「アタマ」で 理解することさえ遠く及ばぬ ものである。

 その文献を解読するという仕事の至難さは、説明のしようもないものであり、私共はそれを

他人にわからせる努力よりも、何よりも先ず、自分自身のアワ量を増すしかない・・・

という念いに結集せずにいられないのである。





  1. 2013/04/27(土) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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文献解読の至難サ ②

 そうした人々の判断行為に同調できず、そうした人々の人情や神秘思想を振り切って、

更に、より真実を求めずにいられなかった、真の少数者 の「アワ性」に、はじめて

共振的に出現した のが<カタカムナ>のサトリだったのである。

 それは私共の遠い祖先の人々の産み出した「思想」であったが、古事記日本書紀の時代の人々の

「サヌキ性」に圧し潰され、わずかに 民族の心の根 として「日本語」の中に

命脈を保っていたのを、楢崎皐月によって発掘されたものである。





  1. 2013/04/26(金) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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文献解読の至難サ ①

 実際には たとえ絶望的であっても、それを求めずにはいられぬ「アワ性」の強い者

のみが、強い「サヌキ性」を以ってその困難な道を踏み続け、しかも今まで、皆「中道に廃し」て、

「浮かばれぬ霊魂」と化したのである。それを又、後代人が、「犠牲」とか「怨念」とかの次元で

とらえていれは、ますます 解決の道は絶望 である。

 判断の基準の甘い者は、しばしば、弘法、日蓮、親鸞、あるいは芭蕉や夏目漱石辺りを

過大評価 する。確かに彼らは、一般人から見れば、大きな波動量を持つ人々であったことは

認めるが、しかし彼らの波動量を最高度のものと考えるような判断力の人々には、

彼らより 大きな波動量を持つものとの差 が、わかりようがないであろう。




 

  1. 2013/04/25(木) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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困難な道を行くしかない芸術家たちとアワ量 ④

 その際、もし 芸術家や詩人たちなら、ただ、文句なしに、自分の才能を

作品にぶつけていれば、一応よいわけである。しかし彼らとても真に「潜在アワ量」が多ければ

自分の現わそうとする花や月や風の形象の奥にあるモノ、自分を駆り立て、自分を動かしている

モノ、何か目に見えぬ「大きな力」のかかわりとして感じているモノは、一体何なのだろう?

という方向へ、関心が向かわずにはいられぬ筈である。

(何故なら その関心の深さが芸術家の「ココロ」を育てるイノチの力となり

(アワ量を増すスベとなって、)新しい作品を産む「サヌキ性」として発揮される関係だからである。)





  1. 2013/04/24(水) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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困難な道を行くしかない芸術家たちとアワ量 ③

現象系のものに関心を持つサヌキ型の人々は、現象系のものによって心が動き、

低次元の「アワ性」の前駆によってそれなりの「サヌキ性」を発生させて、満足していられる。

 しかし、もっと大きな潜在アワ量を持つ者は、その程度の満足に落着してはいられない。

ことに、学問上の探究心や宗教的な求道心等は、(サヌキ型人間であっても)現象系から

潜象系へ、関心が移行する可能性 が多い。というのは、真にその仕事に

打ち込んで、より真実のものを求めていけば、持ち合わせのアワ量では、足りなくなってくる

からである。しかも、既に世に生み出された「学説」や「悟り」の波動量でもマにあわぬ、

となれば、それを乗り越えるアワ量を持つこと は、その為に、世人の想像を絶する

「産みの苦しみ」をいかにしてみても、その成果は今日まで 容易に期待できるものではなかった

(だからこそ、いつの世にも、逆序のサトリを常住してアワ量を増すことは

極めて困難な少数者の道 だったのである。)






  1. 2013/04/23(火) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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困難な道を行くしかない芸術家たちとアワ量 ②

 ただ古来、この「困難な道」を経なければ、技術的な伝統を受け継ぐことも、

又、新しい独創を産む心も発生しないことを、いや応なく知らされていたのが、

前述の如く「芸術」とか「詩」とかいわれる分野の人々 であった。

 彼らには人真似は許されず、自分のココロで生み出したものでなければならぬ、

ということが条件とされる。そしてそのことの難しさ故に、それを成し遂げた人々は、

高い評価を受けたのである。

 そこには<サヌキ・アワ>の物理とか、「アワ量」という言葉こそなかったが、事実として、

誰でも生きている限り持っていないもののない めいめいの「アワ性」 が、

古今東西、人々の、ものの考え方や評価を決める 普遍的な力 となって、

知らず知らずのうちに働いていたのである。

(しかしその「アワ性」にも当然ピンからキリまでの差がある。)





  1. 2013/04/22(月) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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困難な道を行くしかない芸術家たちとアワ量 ①

 一般多数者のレベルから、一寸波動量が増す、ということが、すでにこのように

極めて稀なことなのである。そうしたアタマの(大脳二次波動の)操作の程度で

わかった気になっていられぬ 潜在アワ量の保有者 のみが、先人の体験波動

(「産みの苦しみ」)を、自分も追体験してみなければ気が済まないという衝動(アワ性)に

促され、自分の「アタマ」で自分の「ココロ」を教えるという 困難な道 

(それを私共は「逆序のサトリ」としてとらえている)を志すことになる。

(しかし今日まで、それには適切な指導者も参考書もなく、自分のカン

(潜在アワ量の発するヒラメキ)
 に頼って模索するしかなかった。 )





  1. 2013/04/21(日) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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『<サヌキ>を生む<アワ>』の潜象物理 ④

 もしその人の思想をその人以外の者が 本当にわかろう とすれば、その人と

同じアワ量 を持たねばならない。 その為には、その人の経たような

「産みの苦しみ」を追体験 しなければならない。

 しかし実際には大部分の者は、私淑、心服、尊敬などという美名に紛れて

大脳次元の記憶だけで間に合わせ 本人も周囲も、(困ったことにその本人を教えた師まで)

それで わかったつもり (わからせたつもり) になってしまうのである。

 
(その結果が前述の学派学閥、文壇画壇、評論家等の勢力の横行となり、

その弊はつとに心ある人に指摘されながら、正当な対応策が出せないでいるのは、

このサヌキ・アワのサトリ、アワ量の増幅の物理の認識が欠けている故である。)





  1. 2013/04/20(土) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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『<サヌキ>を生む<アワ>』の潜象物理 ③

 その人の一般レベルから一寸でもアワ量を増す為には、一般人の知らぬ思想を 産み出す

ということがなければならない。人類文化の歴史上、何かの新しい主義・主張、定理・学説、

哲学・宗教(天、神、仏、仁・愛・知・智・罪・空・無・我・法・禅・定・正・一、零・涅槃・輪廻

蓮華・不死・永遠・霊魂・復活・革命、または引力・重力・電子・原子・電磁波・位置エネルギー、

弁証法・相対性理論・遺伝、進化等々) これらの体験的な思想を はじめて産み出した人々は、

それなりの アワ量の増幅 があったに違いない。そしてそのような人々は当然、

一般人からは大きな差がみとめられ、尊敬される存在である。





  1. 2013/04/19(金) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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『<サヌキ>を生む<アワ>』の潜象物理 ②

 その人の関心が、現象系のもの (金銭・物質・地位・名誉等の人間社会にのみ通用する

大脳二次波動で間に合う程度のもの)であれば、その人の振動数は生まれなりの 

固有振動と変わってはいない から、その人の アワ量も、現人類の最低水準を出ていない。

(たとえ大脳智能がいかに優秀で、立派な肩書きを持つ人であっても「アワ量」は 一般人間並み である。)





  1. 2013/04/18(木) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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『<サヌキ>を生む<アワ>』の潜象物理 ①

 男でも女でも表に出しているのは サヌキ性 であり、我々が見せられているのは

その人のサヌキ面である。しかしそのサヌキ性は、その人の「アワ性」に 前駆されて いる。

即ちその人がどの程度の、また、どのような性質の「アワ性」を持っているか?によって、

発する「サヌキ性」が異なってくる。そしてその「アワ性」は、その人の アワ量に支配されて いる。

そしてそのアワ量は、その人の 波動量に基づく ものである。





  1. 2013/04/17(水) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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大脳二次波動とアワ量 ⑤

 このことが現代人の「眠れる脳」にとり、いかに至難の業であるか?・・・。なぜなら、

アワ量を増すと言っても私共は先ず、「アワ量」とは何か?「増す」とはどういうことか?・・・。

なぜ増さねばならぬのか?・・・。また、なぜ<カムウツシ><アマウツシ>が必要なのか?・・・。

等ということを、ミを以って感じ取る為に、(そういう思想を 自分の心に生み出す には)

それを納得するだけの「アタマ」を養わねばならぬからである。(逆序のサトリ)






  1. 2013/04/16(火) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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大脳二次波動とアワ量 ④

 要するに<アワ>の本性とは、生命を生かそうとする方向に働く「性」であり、

その「性」によって 感受したものを判断し、より良く生きる為に「アタマ」を

働かせるのが<サヌキ>の本性だったのである。

しかるに現代人はその本性を甚だしく歪ませ狂わせてしまっている。

 
 結局、人間は、自分のアタマの良さだけ自分を自虐し、

良かれと思って 自分で生み出したものに脅かされている。

 人間の 意志や意識の愚かさ無力さを、まず認識することが、潜象物理入門の第一段階である。

しかし、同時に我々は、その頼りにならぬ大脳智能を頼るしか、当面の手がかりは無いのだ、

ということから出発しなければならない。





  1. 2013/04/15(月) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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大脳二次波動とアワ量 ③

 しかし、実はそのお陰で我々は生命を保っていられるのである。もし我々のアタマが

もっと強力で、我々の意志通りに我々の全身が支配されているものなら、我々の生命は、

天然の「順序」に従い、とっくに失われていただろう。

 「私」が「アタマの先で何を考えていようとも、(たとえ自分を殺すことを企んでいる時でさえ、)

その「私」の身体の中のミの波動は、「アタマ」とは全く別の次元で、

「私」の無意識の内に)天然の波動と共振しながら、着々と、

生命を保ついとなみを続けてくれている。その<アワ>の力によって

今日まで「私」は生かされて来たのだということである。





  1. 2013/04/14(日) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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大脳二次波動とアワ量 ②

 部分的、個人的に、人間の原初の心を取り戻してみても、

また、アイヌやインディアンの社会から出発しようとしても、あるいはまた、

芸術や学問の道を通して純粋に訴えてみても、アワ量の増さぬ限り、悲願でしかない

 といって「アワ量」は増そうと思って(意志や願望で)増せるものではない。

どんなに智能の高い人でも、人間の意志や意識で出来る事は、たかがしれている。






  1. 2013/04/13(土) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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大脳二次波動とアワ量 ①

 人間の多様性 はどうしようもない事実であり、殊に精神面の発達の違いは、

それが潜象の関わりであるだけに、混乱に混乱を重ねて今日では 

収拾のつかぬ極限状態に至っている。

 これを分類し抽象して、その本末を正し、その原因を突き止め、

正当な対策を打ち出すにはよほどの「アワ量」を要するのである。





  1. 2013/04/12(金) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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人間関係とアワ量 ④

そしてそこでは、男も女も同様に、自分の内なる「サヌキ性」と「アワ性」の 平衡的発達 が

全ての基礎であり、自身の アワ量の増幅にのみ、真の生命の救いがある と言う点で、

真の同権でありうる のである。

真に智能の高い「アワ女」と、真に「アワ性」の豊かな「サヌキ男」との結合こそ、

真の<フトマニ>であり、<カタカムナ>のサトリは、そうした人々の生産 だったのであろう。

一夫一婦の偕老同穴の契り、男同士の誓いも女同士の信も、およそ人間関係が

有終の美 を全うしうるには、互いのアワ量の増幅 に待つ以外無いのである。






  1. 2013/04/11(木) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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人間関係とアワ量 ③

しかし人間が人間であることの所以は、そうした動物次元のみでなく、

精神の世界を持つところにある。 精神的創造の苦しみ は、女の「産みの苦しみ」の

相似象である。(子供を産むには「男性」と「女性」の出会いと

<アマウツシ>が必要であるように我々が 自分の思想を生むためにも

「サヌキ性」と「アワ性」のもみあいと<カムウツシ>がなければならない。)





  1. 2013/04/10(水) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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人間関係とアワ量 ②

男がとかく「アタマ」の先で突進し、他人が 苦労して生み出した思想の生産物(言葉や理論や技術)

を借りて振り回すことに、さして 罪の意識を持たぬのは(それどころか、他人の思想や理論や技術を

アタマの先で鵜呑みにしてかからねば、入学試験も通らぬ現状に麻痺していられるのは、)

そもそも彼らが、生理的に 自分で 「産む」という体験 を持つことの出来ない

ハンデキャップの故であろう。このことは、あるいはまた、専門分野では鋭い感受性を

発揮した天才的な学者の、自分の生命に対する 驚くべき無知 の事実とも繋がるものであろう。

(女なら、新しい生命を産み出す為には、どんな軽い場合でも 十ヶ月の苦労 がいることを

身を以って実感し、またそれに 堪える力 を誰でも 生理的に 具え持っている筈である。)





  1. 2013/04/09(火) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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人間関係とアワ量 ①

新しいものを生み出す為には、苦労がいる。

しかし、生んだ時の喜びは、生まない者には分からない。

生んだものへの慈しみの心も、生んだことのない者には本当にはわからない。

それは、教えられて(大脳次元で)発するものではない。

<アワ>の心は、生命の根源から発するものであり、

生命のある者に<アワ>の心のない者はない。





  1. 2013/04/08(月) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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アワ量の多い者がサヌキの知らぬ苦労を負う ④

人間も、この 大きな力の存在 を感受した上で、<サヌキ>と<アワ>に平衡的に働くのが、

本来の生物の「自然サ」だったのである。その 大前提の感受性が劣化 した為に

多くの脳を眠らせ、「サヌキ性」も「アワ性」も歪みを来たし、ともすれば、

「サヌキ型人間」は現象のもののみに執着し、「アワ型人間」は現象から逃げて神秘思想に陥り、

ともに自然サを失ってしまったのである。私共は 大きなことを言う前にまず一個の生物としての

「自然サ」を取り戻すことから始めよう としているのである。





  1. 2013/04/07(日) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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アワ量の多い者がサヌキの知らぬ苦労を負う ③

少数者と多数者の関係もまたこれの「相似象」であろう。太陽は、ただ黙って精一杯照るのであり、

何の報酬も求めてはいない。人間はただそれを受ける一方である。

このツジツマを合わせているのが、<カム>としか言いようのない アマ始元量の巨大さ である。

それは太陽でさえも、その前には「一個の生産物(いとし子)」でしかない、無限的なチカラである。

(このチカラの大いさを<ミ>を以って感受した者のみが、現代人として生きながら

カタカムナ人の「ヒレフス心」を取り戻すことが出来るのである。)





  1. 2013/04/06(土) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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アワ量の多い者がサヌキの知らぬ苦労を負う ②

早い話が、男と女の関係 は、<サヌキ>と<アワ>の関係であり、

所詮、「精子と卵子」 の抽象されるのが本来の相(スガタ)であるとわきまえれば、

「親の心子知らず」のようなものなのであろう。

(<アワ>の多い者が<サヌキ>の 知らぬ苦労を負う のは 天然の理というもの である。)


『太陽に恩は返せるものではない』という言葉すら、潜象の物理(サトリ)を持たぬものには

不可解であろう。(せめてお邪魔をしないように努めるのが、我々人間に出来る精一杯のことである。)





  1. 2013/04/05(金) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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アワ量の多い者がサヌキの知らぬ苦労を負う ①

言い換えればこのようにアワ量の少ない者も、共振波動量を持たぬサヌキ型人間でも、

大きな<アワ>からの恩恵は受けられる。それは恰も、人間のみでなく 生物一般と、天然との関係

のようなものである。例えば太陽からは、誰でも、大きな恩恵を受けられるが、

人間から、太陽に恩は返せない のと、「相似象」であろう。





  1. 2013/04/04(木) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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人間関係とサヌキ型 (心の通じ方はアワ量次第) ④

いかに 現実型専門のような人間 に対しても、あるいは「白け人間」とか「極悪人」等

と言われるような人々とも、心を通わせうる最後の頼みのツナとなるものは、

どんな人の中にも決して絶無ということのない この<アワ>の 共振作用 である。

前述の如く(『なぐる』というような反生命的な行為でも、おためごかしやおざなりの恩恵とか

「アタマ」の先の親切や過保護よりは、心が通じるのもこの故である。)





  1. 2013/04/03(水) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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人間関係とサヌキ型 (心の通じ方はアワ量次第) ③

「サヌキ型」人間でありながら、しかも自分は低次元に止まりながら、アワ量の多いものに

惹かれたり、それを良いと思えるのは、人間の心の「電気生理」である。

一つには異種親和の電気現象の物理によるのであり、一つには、少ないといえども持たぬことはない

内心のアワ量が、相手の大きなアワ量に、吸収されるようにして共振をよぶ からである。

(これは純粋に物理作用であって、人間の意志や感情の及ばぬ現象背後の領域である。)





  1. 2013/04/02(火) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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人間関係とサヌキ型 (心の通じ方はアワ量次第) ②

しかしながら電気生理現象(異種親和)として、自分にないもの(アワ性)に惹かれるということも

事実であるから、いかにも分かったような応答をする。(本人は本当にわかったつもりである。)

それ故、「アワ型」人間はそれをマに受けていると実は、心は通じていない(相手のアワ量不足)

という現実に、とどめを刺される ことが多いものである。





  1. 2013/04/01(月) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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