温故知新 ~サヌキとアワのサトリ~

相似象のサヌキとアワの紹介です。

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サヌキ・アワの四相 ①

注意を要するのは、固体が(人間と限らず生物は)

サヌキ性だけ、またはアワ性だけで存在することはあり得ない、 ということである。

例えば、人間ホルモンにしても、男でも男性ホルモンのみ、女でも女性ホルモンのみということはないし、

物質はいずれも中和平衡状態において安定を得る のであり、

また、安定を得る方向へ進むのが天然自然の「順序」である。





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  1. 2012/06/30(土) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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「性」のサトリ ⑥

この物理をサトったカタカムナ人は、現代人が個々専門のとらわれた

不自由な研究に難渋しているのに対し、桁違いのスケールの「自由サ」で直観を働かせ、

その上に自身も、健康な長寿を全うしたらしい。

そして、「神」「仏」や「霊」とか、または「生命力」、「精神力」、「超能力」、「テレパシー」

などと曖昧とした表現しか出来ない分野を、驚くべき適確な用語を駆使して

いわば、「潜象物理」を展開していたのである。

現行の日本語の起源は、彼らの物理用語であった。


したがって、日本語に対する正しい認識を持ち、日本語の文法をわかろうとする者は、

彼らの 発想に共振し得る波動を持つところまで、高調しなければならない筈である。

そしてまた、それは可能なはずだ、と判断したのである。





  1. 2012/06/29(金) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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「性」のサトリ ⑤

しかし、<フトマニ>は男女間だけのものではない。

女同士、男同士の間でもあり得るし、個人の精神のサヌキ性アワ性の上に

成就すれば正覚者
(正しく目覚めたもの、「眠れる脳」の覚めた状態)である。

その冴えた感覚によって作り出されたものが真の芸術であり真の文学であり、

真の学問技術であり、真の文化を生むものである。

そのような者が、もし男・女として巡り会えた時は、人間として最高度の幸福である。

最高の性の栄養を得て、最高度の知的生産を発生するからである。

何故あらゆるものにサヌキ・アワ(男・女、雌雄)の別があるか?

その物理を、カタカムナ人は<カタカムナ>と<フトマニ>のサトリによって明示していたのである。





  1. 2012/06/28(木) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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「性」のサトリ ④

サヌキ・アワのサトリに基づく「性の栄養」がそれらと異なる点は

マイナスエントロピーを摂取する際の静かな恍惚感と共に向上的な

知的生産が発生し、高度な知性美(内面美)が発現するという点である。  


もとより当人たちの潜在能力(アワ量)によって、 

また銘々の条件の度のよって対向発生されるものには様々の違いがあるが、

要するにサヌキ・アワの「性の栄養」の最高度の表れは<フトマニ>である。


すなわちサヌキ(男性)独りではいかなる天才をもってしてもどうしても限界のあるモノ、

アワ(女性)だけでも勿論発生できないモノ

そして人間の大脳智のみでは生産できないモノ(独創や発明のヒラメキ)

が、それによって発現されうるということである。





  1. 2012/06/27(水) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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「性」のサトリ ③

生命のマイナスエントロピーを得る方法としては

座禅・ヨガ・太極拳なども確かにその効果を狙ったもの。

しかし、それが単なる緊張からの開放や大脳思考・自我意識・潜在意識などの停止

または抑制による一種の三昧的恍惚状態に止まるなら

(あるいは病気治し不老不死極限の目的とするものなら)

所詮、動物次元を出ないものである。


その意味ではむしろ野生動物の生態のほうが純粋で、彼らのほうが上手かもしれない。

彼らは四六時中その態度を基本として生きているから出入がない

必要な時にス早く対応するだけであって

人間のようにそれをやめた刹那に元の木阿弥でたちまち不必要な緊張のヨリが戻ったり

反動で一層生臭くなったり、あるいはその最中でさえ妄念・雑念の渦の癖が出る、

というようなことはないからである。



※マイナスエントロピー
http://washimo-web.jp/Report/Mag-Entropy1.htm

こちらが分かりやすいと思います。




  1. 2012/06/26(火) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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「性」のサトリ ②

<カタカムナ>の「性」のサトリとは

サヌキ・アワ、雌雄の親和による

情欲を含まない「性」の栄養こそ

肉体的・精神的生命力の増強相互にもたらし健康バランスをとり、知性美を発揮させ

能力を高め、創造力・インスピレーションの元となるものである。



物理的に言えば

『固体の潜象感受の共振作用(生命力補給)を活性化する上に、最高の効果を現す』

のが「性」による栄養(アマウツシ)だということになる。





  1. 2012/06/25(月) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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「性」のサトリ ①

あらゆる生物に雌雄の「性」があるということは(「食」の本能と共に)

「個体の生存」(マワリ)と「子孫の繁栄」(メグリ)という

生物の本来性を全うする上に必然的にもたらされたスガタである。


しかし、自然の生物から大きく進化した人間の場合

その「性」のスガタも(「食」の在り方と同じく)

大きな変貌を遂げ、今では

「固体の保全」はおろか、「子孫の繁栄」とも無関係に

ひたすら人間の欲望満足のための手段となっている。





  1. 2012/06/24(日) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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分類の根拠

「現代文明は、根本的に反省されねばならぬ」


と説く人は多い。

それなら一体、何をどう反省したら良いのか。

その「根本」を突き止めた解答は無い。


良かれと思って努力した結果が、なぜこういう結末になってしまったか?

その真相を知らずに正しい「反省」はできない。


早い話、皆誰でもまず「男」か「女」に「分類」される。

しかし、そもそもその「男」とは何か?「女」とは何か?

という本質本性を知ってはいない


これでは科学も宗教も哲学も、

人間としてのマトモな文化を「集合」するスベを示せるはずが無い。





  1. 2012/06/23(土) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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サヌキ・アワとは ③

「自分の生命の支配者は自分だ!という感覚はサヌキ型思考

「自分は人間以外の大きな力によって生かされているという感受性はアワの性の潜象感

要するに

<サヌキ>の性は
  
 現象的(外向的)一方的・目的的・独善的・攻撃的・動物的・主観的・自己中心的 


<アワ>の性は

 潜象的(内観的)・受容的・依存的・柔軟性・親和性・植物的・客観的

である。





  1. 2012/06/22(金) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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サヌキ・アワとは ②

<サヌキ>の性

相手に対し、まず反発的に自己を主張し

相手を否定してまで自分を通そうとする。



<アワ>の性

相手が突き進んでくればまず身をよけて通し

それから相手が自分と同じ心ならそのまま受け入れ

合わないときは合うように仕向け

とにかく相手を立て、相手に順応しようとする。





  1. 2012/06/21(木) 00:00:00|
  2. サヌキ・アワ
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サヌキ・アワとは ①

分かりやすく言えば

<サヌキ>とは オトコ(男)の本性


<アワ>とは オンナ(女)の本性

「サヌキ男にアワ女」という言葉がありますね。

何かをしたいという意欲を持ち、目的に向かって突き進むのがサヌキの性。

前後も見ずに飛び出そうとするサヌキに対し

それが上手くいくように、前にまわり後ろにまわり、左右に「ココロ」を

配って、その安全を守ろうとするのがアワの性。






  1. 2012/06/20(水) 14:43:45|
  2. サヌキ・アワ
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